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カンボジアの首都プノンペンで、先月22日の水祭り最終日に人間積み重なり事故で死者353名・負傷者393名(現時点政府発表)を出して以来封鎖されていたペッチ橋が8日、封鎖を解かれて再開通した。僧が魔よけの儀式を行なった。国内のテレビは一斉にこれを伝えている。
「ザ プノンペン ポスト」紙によると、儀式の様子を見ていたロ=ペッチダヴィーさん(27)は「将棋倒しを忘れないために、歴史的な橋としてそっとして置くべき。再開通はするべきではない。橋のそばへ来ると、折り重なった人々の姿を橋の上に思い浮かべてしまい、恐ろしい」と語った。
ペッチ橋は、川中島であるペッチ島をプノンペン中心部と結ぶ2本の橋のうちの北側の橋。
儀式に出席したカエプ=チュテマー プノンペン市長は、会場に到着した際にも、会場から去る際にも、このペッチ橋を渡らず、南側のヘーン橋を渡った。
その様子を見ていたマイ=キムリーさん(50)は「市長が主宰した儀式なのだから、市長はその橋を渡るべきだった。橋で起きた悲劇をまだ市長が怖がっていることがわかった」と語った。
事故以来、ペッチ島への客足は8〜9割減となっており、川沿いにも気味悪がって近寄ろうとしない市民も多い。とくに事故現場となったペッチ橋は、二度と渡りたくないという声が多く聞かれる。
市長は儀式で演説し、この中で、ペッチ橋と並行する2本の橋を新たに架けると述べた。
儀式には、ペッチ島の開発を行なっている、ペッチ橋を建設したカナディア銀行のプン=キエウサエ頭取も主席した。
事故原因は不透明なままだ。とりわけ、おおぜいの証言者がいる橋の電飾による感電と、その一因となった警察の放水車使用については、政府もカナディア銀行もそのような事実はなかったと否認を続けている。公式には、吊り橋が揺れたことに田舎から来た人々が驚いたのが原因とされている。
事故を生きのびたスレイルアンさんは「橋の電線が何本か切れて、欄干で感電したひとが負傷者にも死亡者にもいる。私の夫も橋の欄干で感電したが、すぐに手を離した」と話した。しかし、スレイルアンの義理の妹スム=チャンプアンさん(24)は、感電したために気絶して倒れ、踏み潰されて亡くなったという。
犠牲者をおおぜい受け入れたカルメット病院の医師も、事故発生から数時間後に「ザ プノンペン ポスト」紙の取材に答え、二大死因は窒息と感電だと述べている。
2010年12月08日
カンボジアウォッチ編集部
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