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カンボジアの首都プノンペンで、水祭り最終日となった22日晩将棋倒しが起こり、多数が死傷した件で、パイ=シパン内閣報道官は、少なくとも378名が死亡、755名が負傷したと発表するとともに、この数字は最終集計ではないと述べた。
将棋倒しの下敷きになったトーチ=ティアラーさん(38)によれば、将棋倒しによる下敷きは3〜4時間も続き、下敷きになっている人々の脱水症状を防ぐために、警察は放水を行い。下敷きの人々は口をあけてその水を飲んだという。
群衆が多すぎて、警官や救援者のなかには、ベルトで群衆を叩いてどかせながら仕事をしなければならなかった人もいた、と語る目撃者もいる。
命をとりとめた方は比較的軽傷で命に別状はなさそうに見えた。どちらかの両極端、と病院を取材した報道記者は語った。
現場に遺された靴の多くは小さい。
ある目撃者によれば、倒れた人々の上を群衆は走った。少なくとも50人が川へ飛び降りた。橋をよじ登ろうとした人々の多くは電飾に感電して死んだ。
窒息と感電が二大死因となっている、と述べる医師もいる。一方政府では、感電した人はいないとしている。
脚骨折の被災者談:橋は午後9時頃から混み始めた。11時に将棋倒しが始まった。脚が折れたまま1時まで橋を抜け出せなかった。
橋の中央にいた被災者談:橋から飛び降りなければ死ぬと思い皆飛び降りた。自分は橋の端にいなかったので飛び降りられなかった。
ある目撃者によれば、事故当時、橋の上には1000人がいた。一人が失神し、そのための救急車が来て、群衆はパニックになった。
ある目撃者によれば、橋が壊れるぞ! という叫びで人々は走り出し、将棋倒しになった。
ある目撃者によると、ペッチ島でコンサートが終わり、人の圧力で10人程度が気絶(感電との目撃談もあり)、パニックになった群衆が都心へ戻る橋に殺到、将棋倒しになり、さらに橋が壊れて多くの人が川へ落ちた。
事故後すぐ、首相夫妻が状況のため現場に到着した、と目撃者談。橋の中央部の人々は左右から押しつぶされて死んだ。橋の端にいて、このままでは死んでしまう、と川に飛び込んだ人々は、誰一人上がってこなかった。
事故発生直後の23日未明、フン=セン首相は緊急テレビ演説を行った。「ポル=ポト以来の最大の悲劇」と首相は述べ、謝罪した。国民に平静を呼びかけるとともに、惨事の原因はテロではないと述べた。 25日を国を挙げての追悼日とすると発表した。水祭りのためカンボジアの村々から出てきて災難に遭った人々の遺体を、故郷へ帰す手配をすると表明した。事故調査委員会を設定すると表明した。
死亡者の3分の2は女性。当局によれば、多くの人が橋から落ちて亡くなったという。
キエウ=カニャルット情報相は、「百万人」が「何かに恐怖した」ことがパニックにつながったと述べた。
死亡者の家族に政府から1,250ドルの見舞金を提供すると政府は発表した。
2010年11月23日
カンボジアウォッチ編集部
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