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水上村の民
写真・文
高橋智史
(
フォトジャーナリスト
)
2007年12月3日更新
「水上村の民」
「私は陸にあがってヘアカットなどの仕事がしたいな」「僕は言葉を勉強して海外に行ってみたいな」彼らの語る言葉は、青年期の誰しもが持つ願望の中の一つだ。しかし、彼らは夢を心に描きながらも、その夢は遠い世界の彼方の出来事を語っているかのようだった。
彼らは普段、朝早くから木製ボートに乗り、水上での雑貨売りや、漁業などの仕事をしている青年たちだ。生まれた時から水上に暮らし、真っ黒に日に焼けた肌は、水上で生き抜いてきた証である。
カンボジアの首都、プノンペンから北西へおよそ200キロ、カンボジアの水源であり、淡水魚の種類は世界屈指、年間漁獲量およそ12万トンを誇る、トンレサップ湖上に「コンポンルアン」と呼ばれる水上村がある。そこでは多くのベトナム人が暮らしている。
人々の
すべての生活が水上で行われ、家族単位で小さな船に暮らし、コミュニティーを形成している。一生を水上で生きる人々も多くいる。また、カンボジア人の多くは仏教を信仰しているが、コンポンルアンのベトナム人はカトリックを信仰し、水上村の中にある教会は、人々の生活と信仰の拠り所となっている。人々は遠くからでも手漕ぎボートで教会にやって来て、ミサに参加し、神に祈りを捧げる。湖から得られる恩恵と信仰心溢れる彼らの生活。そして、水上での緩やかに過ぎる時間は、水上村を訪れる人々に安らぎを与え、人は自然生態系の中で生かされていると実感する事ができる。しかし、彼らの現実は困難な問題と隣あわせにある。
水上村に住む多くのベトナム人は移民であり、カンボジアからもベトナムからも国籍を認められていない人々だ。彼らには社会的な保障は何もなく、カンボジアの社会から取り残されている。
より多くの魚を求めて来た人、ベトナム戦争から逃れて来た人、そして、ポルポト政権時代の迫害を生き抜いた人・・・。世代を超えた様々な理由が交錯し、彼らのカンボジアでの水上社会が築かれてきた。
そのような彼らの生活はとても貧しい。漁業が主な収入源であるが、10キロの魚を獲ったとしても得られる収入は1ドルにも満たない。小さい子どもも含め、家族全員が、朝から働かなくては生きて行く事ができない状況にある。また、生活排水のすべてを湖に垂れ流しの状態にある為、特に乾季には、水質が著しく悪化し、様々な感染症や皮膚病に悩まされている人も多い。エイズの感染も拡大し、病気への知識がない彼らの多くは、病状を悪化させ、死を待つしかない人々もいる。運良く治療の為、陸の病院へ行く機会を得たとしても、カンボジア語を話せない彼らは、すぐに水上村へ戻ってきてしまい、治療がままならない場合もある。その結果、水上村に帰ってくると、コミュニケーションがとれなかった恐れと不安感から、「陸の病院は酷かった。もう絶対に行かない」と人々にふりまく。
それが多くの噂を生み、ますます陸のカンボジア社会との繋がりを妨げている要因の一つとなる。脱却の難しい貧困、知識が得られない事での病気への感染、カンボジア語を必要とされない環境が生んでしまった陸への不安感。様々な複合的に絡み合う問題が水上村には存在している。
だが、近年、教会からの支援で、子ども達へのカンボジア語教室、衛生教育などの実施により、少しずつではあるが、人々の考えや生活に変化が現れてきている。皮膚病の改善や、栄養への知識、そして、カンボジア語が話せるようになった事で、陸の学校へ通っている子どももでてきた。あるNGOスタッフの言葉を思いだす。「この子たちは、水上村の希望。いつの日か、成長した彼らが、ここに帰ってきて、村をひっぱっていってほしい」
カンボジアという同じ国に住みながら、陸に上がらず水上で生きる道を選んだ、水上村の民。彼らのアイデンティティはこれからもカンボジアの水上で築かれていく。
写真1:水上村の少女、カムトゥーン。
写真2:子どもたちは幼い時から水上で生きるすべを見につけている。
写真3:漁業は彼らの生業である。
写真4〜5:漁業は彼らの生業である。
写真6:ボートの上で素早く朝食を済ませる。
写真7:一休憩。野菜、果物、雑貨類・・・朝早くから、夜遅くまで、商売に出かける。
写真8:教会の支援でカンボジア語を勉強する子どもたち。
写真9:NGOスタッフから耳掃除をしてもらう。
写真10:下半身に焼けどを負った子どもが教会に運ばれてきた。
写真11:病気を患っていた少年。病院にも行けず、少年は亡くなった。
写真12:赤ちゃんがなかなか生まれず、水上村から陸の病院に女性が運ばれた。無事に赤ちゃんが生まれた。
写真13:陸の病院で赤ちゃんを出産した、コンポンルアンの女性。しかし、不安感からすぐに水上村に帰ってきてしまった。
写真14:水上村で長年、ボートタクシーをしている男性。
写真15:水上村の老夫婦。長年、水上で生きてきた。
写真16:水上村の家族
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