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トップコラム現地からのリポート結婚式

写真・文 高橋智史(フォトジャーナリスト)

2007年11月21日更新
「絹の記憶」

 カンボジアの首都、プノンペンから南へおよそ八十キロ。タケオ州にあるスノールクポ村で笑顔の優しいおばあちゃんが待っていてくれた。ホック・レンさん(81歳)。カンボジア伝統の絹織物の織り手の一人だった。
 カンボジアのタケオ州は、同じく南部に位置するカンダール州、プノンペン北部のコンポンチャム州と共に、伝統的に絹織物の盛んな地域だった。高品質の絹を使用し村々では、多くの織物が織られてきた。結婚式に女性が着用する晴着である「サンポットホール」、荘厳な仏教の説話の一場面が描かれ、お寺の天井や壁にかけられる絵絣「ピダン」、汗を拭いたり、日よけとして頭に巻くなど、日常生活の中で多目的に使用される「クロマー」などだ。それらはいずれも、長年の経験を積んだ、高度で繊細な技術を持った織り手によって作成され、絹に描かれる絵柄と織りの手法は、代々親から子に受け継がれてきた。ホック・レンさんも親から受け継ぎ、七十歳ぐらいまで絹織物を織り続けてきた。
 しかし、一九七0年代のポル・ポト政権時代に、カンボジアの伝統文化は壊滅的な打撃を受ける事になる。ホック・レンさんも織機を燃やされ、ポル・ポト政権時代は織る事はできなかった。十三人中、三人の子どもは政権下で亡くなった。そして、八十年代から二十年以上続いた内戦により、カンボジアの高度な絹織物技術は衰退していった。「サンポットホールやピダンに描かれる、模様や絵柄、その手法は私の記憶の中だけにあります。もし今、若い人で織りたい人がいたら、私はいつでも教えたいと思っています。カンボジアに伝統の絹織物の文化を残していきたいです」
 ホック・レンさんの思いと同じく、「特定非営利活動法人 幼い難民を考える会」が4年前から、カンボジアの伝統絹織物の復興と保存、女性の収入向上を目指し、タケオ州に織物研修センターを開設している。ここでは毎年、15人ほどの若い研修生が、カンボジア伝統の絹織物の技術を学んでいる。研修生の一人のへイン・シムリーさん
(21歳)
は「研修センターを卒業したら、すぐに織り手として仕事を始めたい。お客さんに満足してもらえるような絹織物を織っていきたい」と話してくれた。
 
長い戦渦によって失われかけた、カンボジアの美しい「絹の記憶」を新たな世代が平和とともに受け継いでいく。

写真1:ホック・レンさん。カンボジア伝統の絹織物を織り続けてきた。 写真2〜3:タケオ州では今でも織物が盛ん。子どもたちも立派な織り手だ。

写真4:染色された絹糸。

写真5:お寺の天井に吊るされている古い「ピダン」。ピダンの高度な絵柄を織れる織り手は今ではほとんどいない。 写真6:自転車の車輪を利用した糸巻きを使い、糸を巻き取っていく。
写真7〜9:「特定非営利活動法人 幼い難民を考える会」が設立した織物研修センター。ここではカンボジア伝統の絹織物の手法を毎年、15人ほどの研修生が学んでいる。
写真10:研修生のへイン・シムリーさん。
       
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