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トップコラム>現地からレポート>バサックスラムの強制移転について
文:江村真由子
現地からレポート 2006年9月12日更新
バサックスラムの強制移転について 
●プノンペンのスラム
現在カンボジアでは、最貧困層の割合は国民全体の34%といわれている。地方の開発の遅れ、貧困層の生活向上が進んでいないことが原因としてあげられる。貧しい地方から、仕事を求めて都市に流入してくる人々が増えている。プノンペン市には7つの区があるが、その中で貧困地域は700ヶ所を越えるといわれ、30万人以上がスラムに住んでいる。これはプノンペンの人口100万人の30%を占める。毎年2万人がスラムに流入しているといわれ、近年は都市開発に伴い市街地から郊外へスラム住民が強制移転させられるケースが増えている。
1000世帯以上が生活しているスラムを大規模スラムと呼び、プノンペンの3大スラムと呼ばれているのが、1.バサックスラム 2.ボレイケラスラム 3.ブディングスラムである。

1.バサックスラム
バサック川の西の河川敷に位置する。1992年ごろから人々が住み始め、1996年には政府が企業(SSE)に売却。その後も地方からの人々の流入は止まらず、2001年11月には2度にわたって放火され、住民はプノンペン郊外のオングロ・カガーンに強制移転させられた(現センソック小学校周辺・2001年12月隊が支援活動を行った場所)。しかし、市内まで遠く仕事も見つけられないという理由から7割以上の住民はバサックスラムに戻ったとされている。その後2003年には、1367世帯4,626人が生活するプノンペン最大級のスラムとなった。失業率は50%にのぼり、住民は日雇い、シクロの運転手、物売り、ゴミ集めなどをして日銭を稼いでいる。児童の就学率はプノンペンの平均が90%であるのに対し、50%くらいしかなく、これは僻地の数字と同じである。    
                                     ゴミ集めのカート(スラムにて)

2.ボレイケラスラム

ジュリアナホテルの近くに位置している。ここは住民組織が強く、残す方向で話が進んでいる。

3.ブディングスラム



バサックスラムの道路を挟んだ向かいに位置し、現在1524世帯約5,000人が生活しているといわれている。政府との合意の上、4年計画で移転が行われている。移転先はインフラが整備され条件がいい。
(写真:移転後別の人が入居しないようにバラセンが巻かれている)


●バサックスラムの強制移転
@ 5月3日の強制移転(1回目)
 2006年5月3日、バサックスラムで土地の権利(家)を持っていたとされる1216世帯の強制移転が行政により開始される。間借りしていた家族は、突然のオーナーの移転に行き場を失い、移転した家の跡地に放り出される。
 移転先は、ポチェントン空港から7Kmほどのトロペアン・チャイン村。バサックスラムを買収した企業(SSE)が住民に分配するため、15ヘクタールを買って1669区画にわけている。1区画5m×12mの広さで、5年間住むと土地の権利がもらえるという。トロペアン・チャイン村は現在インフラも整備されつつある。水道は整備され、電気はまだ通っていないが発電機の電力を住民でシェアしている。学校も1棟あり、その1室が病院として機能している。現在学校をもう1棟建設中。ヘルスセンターの建設も予定されている。ゴミも、プノンペン市が何ヵ所か設置したゴミ箱に集め、別の場所に運ぶようにしているとのこと。
 現在この村で1338世帯が生活をしているが、実際にバサックスラムからきた住民は400世帯強だと言われている。この村は市街地から遠いため、仕事が見つからずにプノンペン市に戻った人が多いという。その他には、あてがわれた土地を別の人に売ってスラムに戻った人もすでに2割以上いるという。(本当は禁止されている) バサックスラムの住人ではない人が多く移転したことになる。 











写真左:トロペアン・チャイン村に設置された区画表
写真中央:学校の校舎。赤十字の旗の見える右端の教室が病院として機能している。
写真右:トロペアン・チャイン村に移転してきた人たちの家

A 6月6日の強制移転(2回目)
 2006年6月6日、700人以上の警官を動員し、2回目の強制移転が行われた。バサックスラムに家を持たず、間借りしていた人たち(400世帯)が主な対象。
 今回の移転先は、ポチェントン空港から4Kmほどのところにあるアンドーン村。トロペアン・チャイン村と違い、まったくインフラの整っていないところに強制的に移転された。土地は全部で3ヘクタール777区画が用意された。1区画4m×6mと、トロペアン・チャイン村の1区画の半分に近い。プノンペン市が少しずつインフラ事業を進め、多少の支援物資を配っているがまだまだ不十分である。水は、UNICEFのタンクが置かれ、1日に2回プノンペン市の給水車が水の補充に来る。その水を管理し、バケツ1杯R100で売っている。ゴミを集めるシステムが確立していないため、散乱している。現在JICAが検討中とのこと。医療施設もポチェントン病院の出張所が1ヶ所あるだけ。(ここで薬は無料配布)6月6日に劣悪な環境下で強制移転が行われ、その後1ヶ月間で2000人の病人が出たとのこと。
 それでも、「ここに来れば、土地がもらえるかもしれない」と期待したバサックスラム住民以外の人も多く集まってきて、現在1820世帯がここで生活しているとされている。現在、住民が本当にバサックスラムから来たかどうかを確認中で、確認が終わった306世帯のみ土地が配られている。(残り470区画ほど)また、トロペアン・チャイン村同様に、市街地から離れたこの村では仕事が見つからず、プノンペンに戻っていく人も後を絶たない。バイクを持っている人は、プノンペンでモトドップをしているという。最近では、貧困基金がローンの貸付を開始し、家の再建などに利用したり、プノンペンでモトドップやトゥクトゥクドライバーをするために、基金から借りた人もいるという。









写真左:UNICEFの水タンク
写真中央:無造作に捨てられたゴミ
写真右:土地を与えられた家族の家と、後に見える土地待ちの人の仮住まい



〜アンドーン村で生活する子どもたち〜




ニモール 10歳 女の子
学校に行ったことがない
   
「学校に行きたいな!」



スレイカー 7歳 女の子


以上、SVAカンボジア事務所、手束耕治氏のレポート「バサックスラムの強制移転の問題と背景」および話を参照
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