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カンボジア通信 |
2005年3月24日 |
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05 アンコール時代の橋スピエン=プラップ=トゥッフ |
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知り合いと一緒にプノムペンから車に乗ってシェムレアプへ向かう途中、国道6号線沿いの町コンポン=クデイにあるアンコール時代の橋スピエン=プラップ=トゥッフ(「方向を告げる橋」の意)を見学した。ラテライトでつくられたこの橋は、カンボジア人の間では5000リエル札にその姿が描かれていることでも知られる。アンコール王朝時代(9世紀初め〜15世紀前半)に架けられたもので、全長約90メートル、幅約15メートル、高さ約10メートル、欄干には9つの頭を持つナーガ(ヘビの神様)があしらわれている。橋の上からではわかりにくいが、橋の左右の堤防を少し下って橋を側面から眺めると、この橋の大きさを体で知ることができる。 アンコール時代、この橋の上をアンコール朝の軍隊が行軍した。現在ではこの橋の上を観光バスや多くの自動車、バイクが行き交っている。つまり、この橋は古代から現在に至るまで、カンボジアの交通網を支えてきた存在なのだ。
橋を見学していたところ、僕たちの車に同乗していたカンボジア人と地元の老人が話を始めたので、それに加えてもらった。聞けばこの老人(70代)は内戦時代から橋の付近で生活しているという。当時、この橋の上でクメール=ルージュ軍とフンセン軍が撃ち合いを繰り広げ、多くの人が亡くなった。クメール=ルージュはこの橋を破壊しようとしたが、フンセン軍によって敗走させられたため、スピエン=プラップ=トゥッフはその姿を現在に残すことができたと古老はやや興奮気味に話す。 歴史に「もし」はありえないが、スピエン=プラップ=トゥッフでの戦いで「もし」クメール=ルージュがフンセン軍を撃退していたら、カンボジアの貴重な文化遺産がもうひとつ失われていたかもしれなかったのだ。 「この橋が残ってよかったですねとあのおじいさんに伝えて」 知人が僕に通訳を頼んだのだが、同乗者のカンボジア人にせかされるまま車に乗り込んでしまい、老人に知人の言葉を伝えることができなかったのが心残りだ。
写真を撮り忘れてしまったのでこの場に載せることができないのが残念だが、『地球の歩き方 アンコール・ワットとカンボジア
'04〜'05』の101 ページに小さいもののこの橋の写真が2枚掲載されているので、お持ちの方はそちらを御覧いただければと思う。また、ウェブサイトのアンコール遺跡群フォトギャラリーでもこの橋の写真を見ることができる。 |
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井伊誠のブログ「カンボジア通信」はこちら>>> http://cambodia.blogtribe.org/ |
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