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トップコラムカンボジア通信ある古老の話
カンボジア通信 2004年8月14日
16 ある古老の話
スヴァイリエンの街角である古老と接する機会があった。その人は僕が日本人だと知ると、柔和な笑みを浮かべて語りだした。

「私の父は中国人で、戦渦から逃れるようにして祖国を後にし、カンボジアへ渡ってきたんだよ。だから、自分には中国人の血が流れているんだ。」

老人は口を止め、木の枝を使って地面に文字を記す。漢字だった。

日本
日華

そして、また静かに口を開いた。

「日本人と中国人は、歴史をさかのぼると兄弟だ。あなたは自分たち日本人の起源を知っているかい?」

日本人と朝鮮人、中国人が兄弟であることは知っている。僕がそう答えると、古老はまるで親が子を思うかのような表情をする。

「我々の祖先はカンボジアへ渡り、そこに根を張った。だが、祖国へいつも戻りたいと思っている。祖国への愛は父の代から変わっていないんだよ。」

『カンボジア』ジャン=デルヴェール、石澤良昭・中島節子・共訳(白水社)のP56に次のような記述がある。(引用部分、漢数字は算用数字に改めてある)

フランスが進出した1863年当時、カンボジアには華僑[「チェン」(1)は「支那」の意味のカンボジア語、中国人を指す]が大勢いた。1874年の算定では10万6784人、当時の国土から割り出すと、人口の10分の1以上に相当する。(中略)
中国人移民はその後も続き、とくに中国が危機に直面した1937年(日中戦争など)から1940年にかけて大量の中国人が流入した。


『カンボジア』を読んで、カンボジア(だけではないが)の華人と日本との歴史的な関係を初めて知った。もちろん、中国人移民の流入は、日中戦争だけが原因ではない。13世紀、元(1271〜1368)の使節に随行してアンコール地域を訪れ、当時のようすを『真臘風土記』としてまとめた周達観は、同書にアンコール地域には華人の商人がたくさんいたと記している。だが、その後の移民の流入に日本が関係していたこともまた事実のようだ。

やむを得ぬ事情から母国を去り、長い旅路を歩むことになった人々。その旅の過程で彼らはどんな風景を見ながら、どのようなことを考えていたのだろう。

1:管理人注
本文中では「華僑」のところに「チェン」とルビがふられている。
井伊誠のブログ「カンボジア通信」はこちら>>> http://cambodia.blogtribe.org/
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