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姫様にょっき |
2005年9月5日 |
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上陸 |
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房総半島の虫食いだらけの醜い地上が現れるとき乗客はみな寝不足で重たい頭をなんとか目覚めさせようと内部格闘を行っている。おかしな時間に食べさせられた機内食もまた胃のリズムを乱して脳を混乱させるには大きな効果を発揮している。虫食いは最初何だかわからなかったが2回目に国際線に乗ったときそれがゴルフ場だと気づいた。ベトナム航空のジャンボジェットは機体の下と前にテレビカメラがあり、着陸間もなくなるとまず機体下の画面が前方スクリーンに現れる。規則正しい田の配列の間に、うようよとうじ虫の形をした虫食いの山がすべての外国人とすべての帰国者を迎える。翼よあれが日本の地だ。
着陸。彼女の荷物出しを助けるため立ち上がったら、背後からじりじりと赤い顔のオヤジがにじり寄ってきて、ちょっとの隙をついて私の席にドシンと座り込んだ。私の荷物は反対側の通路にあるので、そこに座られては困るのである、というかなぜ座る。
「すみませーん」
作り笑いで話しかけるが反応がない。もう一度
「すみませーん」
と言ったら、
「ああーっ」
とドラ声を発してオヤジはのっそりと立ち上がった。
2つ前の席の別のオヤジとネイティブな日本語で話していたところを見ると、日本人だったようだ。福岡のオヤジといい、どうして日本のオヤジは言語失調症にかかって世間から身を守ろうとするのだろうか。哀れな末路。
静かな空港。
黄色い紙を出す。
入国審査場。ここが本番。
「日本国民と外国人配偶者の夫婦のためのブースがある」
ときいていたので探したが、ない。しかしたまたま今はえらくすいているので、別に外国人のところに並んでもよさそうだ。というかだれも並んでない。こんな状態を初めて見る。いつもは何百メートルもありそうな長蛇の列になっているのだが。きっと、同時に着いた便がないのだろう。それに、途中トイレに寄ったりもした。
外国人のところにおそるおそる進む。彼女と一緒にブースまで歩いていく。ブースをえり好みした印象を与えないよう、たまたま足がたどり着いたブースにそのまま彼女を行かせる。自分はその後ろの赤線のところで立ち止まりつつ、関係者だよんという風情でちょっと身を乗り出してみる。
パスポートと、私が機内で書いた入出国カードを出した彼女は、係官から日本語で何か話しかけられた。当然だがわからないようだ。私が後ろから
「なんですか?」
と言うと、係官は
「ご一緒ですか?」
ときいた。
「はい。夫です」
と言うと、係官は
「帰りの予約はされてますか」
という。
「チケットはありますが、まだ予約はしていません」
というと、
「オープンですね」
という。チケットを見せるようにと言われて見せた。
係官の若い女性はさらに彼女に、入国カードの下端に名前を書くように言ったようだ。彼女はその日本語もわからず、私が後ろから
「おなまえは」
と彼女がわかる日本語で彼女に言ったら、係官が
「だんなさんのお名前を書いてください」
という。彼女の名前を書くように言われたのだと思ったのは私の勘違いだったようだ。そのように彼女に伝える。そして私は自分で名前をさっさとそこに漢字で書いてしまった。たぶんもう、半分パニックになりかけていたんだと思う。
係官が不可解なジェスチャーをした。手を背後に流すしぐさ。一瞬それが何を意味するのかわからなかったが、
「通りなさい」
という意味だとわかったとき、私は躍りあがりそうになった。彼女はまだまごまごそこに立って私のほうを問いたげに振り返っている。私はちょっとスマイルをして、手のしぐさで、むこうへ行きなさいと示した。彼女はむこうへ通って行った。
私はブースを通って彼女に言った。
「これで日本に入ったよ。いちばん大変なところを通ったから、あとはもう大丈夫だよ」
彼女は無言でこたえた。
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