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姫様にょっき |
2005年9月5日 |
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出発 |
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出発が近づくと家の中は皆何もしゃべらなくなった。折りからスコールが降り出してますます無口感が進む。誰も外出するでもなく、広くて薄暗い部屋の中に思い思いに椅子や台に座りたたずんでいるのだが、だれも口を開く者がいない。
車が来たという。例によって運転手が上がってくる。今回違うのは彼女がおめかしをしていることだ。荷物を少しずつモトドップに積めるだけ積んで裏通りから表通りへピストン輸送により搬出。彼女は近所のおばちゃんや友達と次々に別れを交わしている。涙ぐむ近所の人もいる。
荷物がすべて行ったので家族で車へ向かうと今日は大きなバンが来ていて、親戚の一部がすでに乗っていた。モトドップに金を払い出発。運転手が陽気なカンボジアの音楽をかける。
車は空港へ直行しない、カンプチアクロム通りとロシア通りの並行する間に挟まれたエアポケットのように静かな住宅街に入っていき、その一軒の前で止まった。彼女と私で門の前で待つと、おじとおばが出てきた。彼女の養母は腰が痛いと言って来ない。おじとおばを乗せて窮屈になったバンが空港へ向かう。
BON
VOYAGEのOの字が傾いてかろうじて留まっている看板。空港が現れた。荷物を車から降ろして、まずはチェックインしてきてから外にまた出てこられるという。見送りの人々を外に残し、カートに荷物を積んでチェックインへ。
二人の結婚写真を大きく引き伸ばした額は案の定大きすぎて、彼女の希望のように手荷物にさせてもらうことはできない。預けても額のガラスは割れませんかと彼女がベトナム航空のおじさんに聞くが、責任は持てませんと言われて困り顔。おじさんも困り顔。おもむろにおじさんは私のほうに顔を向け、英語で同じことを説明する。夫としてここはこう言うしかあるまい、 「I
understand.」 そのひとことで額は預け荷物にされる。FRAGILEのシールを何枚もベタベタ貼ってはいるが、彼女が母とやったあのただ新聞紙を何枚か重ねただけの包装では破損はまず免れまい。
懸念していた預け荷物の重量超過については何も言われずに済んだ。手荷物もかなりの重量なのだがそれについてもつっこまれずに済んだ。彼女のために窓側の席を取る。
チェックインが済んで空港から出ると親戚一同が待っていた。額がどうなったかについてひとしきり会話が交わされる。人間がお別れになっちゃうことより額のほうが気になるのかなあ、と思っていたら、突然全員がボロボロ泣き出しはじめた。一人一人彼女は抱き合って言葉を交わす。私に 「彼女をよろしく頼むよ」 と言ってくる人もある。
彼女を親戚家族から引き取って二人で空港内へ戻る。ガラスの向こうで皆が中に向かって手を振る。彼女は少し振り返した。私はかわりにもうすこし長く振り返す。
空港使用料を払った。上階へ登ろうとすると空港係員がいて、手荷物の大きさを測る枠に私のリュックを入れろという。大きすぎてハマらない。これは預けろという。彼女の荷物もハマらない。ベトナム航空のチェックインカウンターに戻ってその旨を伝えると、おじさんはちょっと困った顔をした。ひとしきりスタッフどうしで 「さっきも越えてたろ。これも足したら何キロになるんだ」 などと話しているのを聴く。やがて 「We
allow you to take
inside」 と言われ、さっきの所に戻ったら今度は空港係員などだれもいなくてすんなり通ることができた。
カンボジア人は入出国カードを書かなければならない。かわりに私が書いて、行き先をHO
CHI MINH
CITYとしておいたところ、ブースの係官は彼女に行き先をきいてJAPANに書き換えていた。何やら彼女にあれこれ尋ねている。ちょっと離れて私が待っていると、係官が私を呼び寄せる。何かと思ったら単に日本語の単語をひとこと私に言ってみたかっただけだった。
飛行機はサイゴンに着いた。
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