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トップコラム阿佐部伸一「カンボジアルポ集」カンボジアに魅せられた女たち
カンボジアに魅せられた女たち -2002年11月-
 西日さす都心の公園でエスニックな舞いを練習する女性がいた。「あの国にはお客に見せる踊りではなく、日々の暮らしの中に神々に捧げる踊りがあるんです」と、山中ひとみさん(40)=府中市出身はクメール伝統舞踊に入れ込む理由を話す。ひとみさんは今年、プノンペンの王立芸術大学伝統舞踊科を外国人として初めて卒業し、十月に一時帰国した。
 ひとみさんのように何かに惹かれ、カンボジアに暮らす日本人女性が増えている。だが、戦争の傷跡は大きく、今も毎月に約七十人が地雷を踏み、毎年のように洪水と干ばつに悩まされ、貧困からの脱出はスローペースだ。虫歯の治療でさえ隣国タイへ出なければならないほど、まだまだ不便な地に、なぜ彼女たちは住むのか。その理由を知りたくて、現地に飛んだ。

■失ったものを探して

写真:一時帰国中もクメール伝統舞踊を練習する山中ひとみさん=東京・日比谷公園で

 首都プノンペンで会った王立舞踊団のプリマドンナ、サム・ティヤ教授(33)は、言葉や文化の違いを乗り越えてカンボジア人学生に劣らぬ踊りを習得したひとみさんに敬意を払い、一方で、こんな風に見ている。「日本の人たちは便利で快適な生活と引き替えに失ったものを、カンボジアに探し求めているのだと思います」
 その裏打ちをするように、ひとみさんは日本社会に対する不満を露わにする。「日本では横並びしていないと変な目で見られるけれど、それでいて意味のない競争を繰り広げ、隣人と小さな差をつけては、それに生き甲斐を見出そうとしている。それが本当にしたいことなら良いでしょうが、自分がしたいのかどうかも分からなくなっていませんか。私はそんな今の日本は嫌ですね」。旧友と再会し、留守宅を片付けたひとみさんは師範コースを修めるため、早々プノンペンに戻った。

■怪しさが魅力
 「ここの魅力は、怪しさですね」。水津雅子さん(33)=福岡市出身は、その「怪しさ」は神秘的なものではなく、猥雑で捉えがたい混沌だという。雅子さんは三年前、アンコールワットがあるシェムレアップに日本食レストランを開いた。赤字の月もあるというが、若いウェイトレスの無断欠勤に悩まされる一方で、料理が上手な元小学校教師(40)が厨房に入ってくれている。「見るからに誠実で、付き合ってみて、やはり誠実という人も良いのですが、私はそういう人に興味が持てないんです。ところが、カンボジア人は本当に何を考えているのか分からなくて、興味があります」。なるほど、怪しさが魅力になるわけだ。
福岡市で英会話教材のセールスをしていた雅子さんは、二十三歳で上京して、テレビ番組制作会社に勤めた。だが、アシスタントディレクターは名ばかりの雑用係だった。スキルアップにと、専門学校のシナリオ・コースに通った。しかし、講師に「あなたの作品は売れそうにない」と評され、雅子さんは「経験が足らないのか」と、一週間のつもりで銀座のホステスになった。それが四年続き、掛け持ちで向島の芸者もやった。

写真:田植えを終えた夕方、水牛と共に家路につく農民=シェムレアップ県ロラスチャス村で


 「日本では全てが予め決まっていて"隙間"がないでしょ。若くてやる気があっても、お金がなければ何もできないし。それなら、何が起こるか分からない国だけど、ここの方が性に合っていると思って」。様々な職業を通して得た"結論"は、カンボジア暮らしの動機となった。
 なぜカンボジアなのかという問いには、「シンガポールやバンコクは、都会という意味で東京と同じに感じます。だから、わざわざ住み着いて、何か新しいことをやってみようとは思いませんね」と。また、雅子さんは、硬直していない、換言すれば、発展途上にあるこの国がどう変わっていくのか、変えようと懸命にもがいているカンボジア人を自分の目で見に来たとも言う。
 シェムレアップの街を一歩出ると、そこには水牛と椰子の木。時は田んぼの水のようにゆっくり流れる。これが癒しの光景だと、雅子さんはカンボジアの田園風景を愛でる。だから、店の名前は『サンクチュアリ36.5℃』。亡命者の避難所という意味もあるサンクチュアリという言葉に、体温を付け加えた。

■数週間のつもりが4年目

写真:カンボジア人看護士と病気の子供の家をまわる赤尾和美さん=シェムレアップ郊外で

 この日本食レストランの客には、アンコール小児病院で働く看護師、赤尾和美さん(39)=松戸市出身もいる。アメリカ人の院長に頼まれて数週間のつもりで手伝いに来たのが、早四年目になる。「ブドウ糖の点滴に黒山のようにたかるアリに驚いて、カンボジア人の看護婦に注意したら、『ただのアリじゃない。一体どうしたの』と返され、もう帰ろうと思いました」。やって来て一週目の体験を振り返る。
 和美さんの主な仕事は、栄養失調や感染症の子供がいる家庭をカンボジア人看護師と一緒に巡回し、この国の看護師を養成すること。アメリカの看護師資格も持ち、東京とハワイの医療機関で働いた経験がある和美さんだが、「衛生観念の巨大な格差が、逆にチャレンジングに思えてきて、今ではこの国で可能なケアの方法を見つけ出すことに生き甲斐を感じられるんです」と、カンボジアに長居しているワケを話す。そして、日本の病院では、今のように仕事への情熱が持てるかどうかが不安だと、当分のあいだ帰国の予定はないという。

■叱ってくれる男性
写真:今年スーン・ソチアさん(右)と結婚した青山直子さん。左は両親=シェムレアップのスーンさん宅で

 シェムレアップを訪れた日本人観光客は昨年八月、六千人を超えた。現地の日系旅行社で団体客の世話に明け暮れているのは、元コンピュータ会社OLの青山直子さん(27)=東村山市出身。「日本では得難かった仕事の充実感がありますね。それと、同じ価値観の人との出会いが大きな収穫です」と、直子さんの表情は明るい。その「同じ価値観」とは、「お金のためだけに働いているのではないということ」。現地採用の月給は良くて千米ドル。日本の物価に照らせば少ないが、ここでなら十分に暮らせる金額だ。
 直子さんは昨年五月、四歳下の観光ガイド、スーン・ソチアさんと結婚し、スーンさんの実家に住んでいる。「私が付き合った日本人男性は、優しすぎて頼りない感じがしました。スーンは私が我が儘を言うと、無視したり、叱ってくれるんです」と直子さん。一方、夫スーンさんは、妻を含め日本人女性がカンボジアに来る理由をこう想像する。「この国ではやりたいことがあっても、出来ないことの方が多いんです。だけど、カンボジア人は希望を捨てずに頑張っています。彼女たちは、そんな姿が好きなんじゃないでしょうか」

■学ぶ

写真:農村開発のプロジェクト現場を見て回る日本国際ボランティアセンター米倉雪子プノンペン事務所代表=カンダール県で

  ポルポト時代が終わって真っ先にこの国に住んだ日本人女性は、非政府援助団体の草分け、日本国際ボランティアセンター(JVC)のスタッフだった。開設十五年になるプノンペン事務所の米倉雪子代表(41)は、「日本は幸せなようでいて、感動する局面は少ないでしょ。食べ物や病院がないといった悩みは殆どなくなったはずなのに、私自身、『幸せ』と実感できたのは、カンボジアに来てからの方が多いんです」
 志願して赴任した雪子さんに、自分を含めこの国に居着く日本人女性の心理を説いてもらった。「大方の日本人は、カンボジアは貧しく、カンボジア人は何もできない人たちだろうと思って、やって来るんです。でも、貧困のなか、家族や親友の死を乗り越えて、明るく生きる人々を目の当たりにし、不況を嘆いて落ち込んでいる日本人より、彼らの方がよほど逞しいと驚き、多くを学ぶんです。そういう体験をしてしまうと、この国に暮らしてみたいと思うようになるのではないですか」

■その人らしい活動

写真:食材の仕入れでカンボジア人店主と商談する水津雅子さん=シェムレアップで

 仏領スタイルの鎧戸を開け放した窓から、市場の喧騒を乗せた風が吹き込む日本食レストランの二階。「今ここに私がいるのは、自分が選択したからなんだと凄く感じます。別に迷惑かけてきたとは思いませんが、子供の頃から、人と違っている、変わってると言われてきました。個性を否定されて働くのは、ちょっとキツかったですね。こっちは変わった人ばかりで、皆その人らしい活動をしているので、私も変わってるなんて言われたことありません」。雅子さんは、まだ気持ちを緩めるわけにいかないので、帰国は考えていないという。
 Eメールで頼まれ、福岡産の明太子二キロを持参したが、店のメニューを隅から隅まで見ても、明太子茶漬けも、明太子スパゲッティも載っていない。夜な夜な書きためているシナリオは、故郷のスパイスでどんどん面白くなっていそうだ。

※メモ:カンボジア在留邦人は2000年が453人 (うち女性163人)、01年が559人(213人)、02年は655人(286人)。毎年100人前後のペースで増え、去年、女性が4割を超した=在カンボジア日本大使館調べ

阿佐部伸一東南アジアの人々はこちら>>>http://www.hh.iij4u.or.jp/~asabe/
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